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「死ぬという大切な仕事」(三浦光良・光文社)

2008年1月7日(月)曇ときどき雨
 川崎大師初詣。午後6時から大島劇場観劇(観客数15)。「桑田劇団」(座長・桂木昇)、座員は桂木昇を筆頭に、太夫元・桑田淳、三門扇太郎、中村駒二郎、山下久雄、桑田千代、桑田幸衣、音羽三美、ベビーゆきお(子役)、友情出演・雪松こずえ、という面々であった。総じて役者の平均年齢が高く、「わびしい」雰囲気が漂っていた。30年前に観た千住壽劇場の雰囲気そのままで「懐かしさ」ひとしおというところであろうか。芝居の開幕前には「配役」がていねいに紹介されたので、すぐに役者の顔と芸名を覚えることができた。外題は「お春茶屋」、それぞれの役者は場数を踏んでおり、安心して観ることができた。終幕近くの「節劇」の実力は「今一歩」、座長の「表情」が加わればさらに良かったと思う。舞踊ショーの中に、役者の「歌唱」が数多く(桂木昇、音羽三美、三門扇太郎、桑田淳、山下久雄)挿入されていたので、昔の歌謡ショーの雰囲気が漂い、他の劇団とは「一味違う」ことにも好感が持てた。中でも山下久雄の「歌唱」は出色、他の役者の舞踊曲を「生で」担当すれば舞台が盛り上がるのではないか。芝居・舞踊の全体を評して、まさに「昔ながらの大衆演劇」「懐かしの大衆演劇」と言えるだろう。ベビーゆきお(子役・2歳)は芝居に登場し、「その場にじっとしている」だけの演技であったが、立派だと思う。「かえるの子はかえる」、将来に期待したい。
 移動の車中で「死ぬという大切な仕事」(三浦光良・光文社)読了。
筆者・三浦光良は、「氷点」の作家・三浦綾子の配偶者であり、熱心なクリスチャンなのだろう。クリスチャンにとって「死」とは、神のもとに召されることであり、恐れるに足らない。著書の中では、三浦綾子をはじめ、彼女と交流のあった人々(クリスチャン)の「死に方」が数多く語られている。興味深かったことは、その「死に方」の多くが、決して「楽ではなかった」という点である。死ぬことは「苦しい」ことであり、それを「神の思し召し」として「受け容れる」ことこそが「死ぬという大切な仕事」に他ならない。 イエス・キリストは、人間が犯した(現に犯しつつある)ありとあらゆる罪を一身に負い、その贖いのために、十字架に赴く。磔刑は、十字に組まれた柱に両手を釘で打ち付け宙づりのまま「自然死」を待つ、という最も過酷な刑であり、受刑者にとってそれ以上に「苦しい」死に方はないだろう。イエス・キリストは、贖罪の方法を身をもって示したことになる。したがって、人間の死は「苦しくて」当然であり、どんなに苦しかったとしても、イエス・キリストの「苦しさ」には及ばない、ということになる。
 私自身は「信仰心皆無」「煩悩の塊」なので、とうてい「死ぬという大切な仕事」を成し遂げることなど、「夢のまた夢」に終わるだろう。
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(2000/05)
三浦 光世

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