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「小説平家」(花田清輝・講談社・昭和46年)

2008年3月27日(木) 晴
「小説平家」(花田清輝・講談社)のうち「冠者伝」読了。「平家物語」の作者は誰かという謎を「平家物語」の叙述内容・文体に即して解き明かし、さらにその人物の「伝記」を綴ろうとした作物である。この著者の作物は、私自身が学生時代、大いに親しんだものだが、独特の言い回し(文体・決まり文句)の他はほとんど憶えていない。その「言い回し」とは、いわく「まあそんなことはどうでもいいのであって」とか「それかあらぬか」とか「対立したまま統一する」とかいうものであったが、その意味・論脈を理解することは、ほとんどできなかった。還暦を過ぎた今、あらためて読み直しても、当時とあまり変わらない。著者にとって「読者にわかりやすく書く」などということは思いもよらぬことであり、自分の書いたことを読者が理解できないにしても、それはひとえに読者の勉強不足によるものという姿勢が貫かれている。それは「思い上がり」というより「知識人の誇り」として貴重だと私は思う。「冠者伝」の中にも、例によって、決まり文句が多用されていたが、「平家物語」の作者が誰であったのか、浅学非才の私には、いっこうに判然としなかった。まあ、「徒然草」の作者・卜部兼好の「書き誤り」が混乱(謎)の要因になっているらしいことは解ったが、「そんなこと(兼好批判)はどうでもいいのであって」、要するに、著者が「海野小太郎幸長」(信濃前司行長ではない)を作者であると断定した理由、論拠だけを率直に述べ、著者の目論み通り、その「伝記」を綴ればよかったのではないか。しかし、叙述の方向は「あっちこっち」に飛び回り、「話が飛ぶ」たびに、私の頭は混乱する。結局、「平家物語」の作者「海野小太郎幸長」という人物は、どのような立場、どのような思想・信条の人だったのか、彼がどのように生まれ、どのように生き、どのように死んだのか、「わからずじまい」だった。だが、それはひとえに私自身の勉強不足のためであろう。精進して、次の章を読み進めたい。

復興期の精神 (講談社学術文庫)復興期の精神 (講談社学術文庫)
(1986/08)
花田 清輝

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