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パドックの「気配」

2008年1月5日(土)
 中山競馬場へ行く。今年初めの開催とあって、たいそう混雑していた。その人々の九割以上が、新聞を手にしている。私の競馬歴はほぼ十五年であり、当初は新聞の予想を参考にしたこともあったが、それが「邪道」であることを銘記してから、全く新聞を見なくなった。競馬の「極意」は、「馬を見る」ことにある。今日もまた、昔、綴った雑文を思い出した。以下の通りである。

 競馬のすべては、パドックの「気配」にある。多くの専門家が、過去の記録をもとに「順当」「波乱含み」「難解」などと予想をたてているが、私は信用しない。大切なことは、過去ではなく「現在の状態をもとに未来を予測すること」である。 
 パドックの「気配」を「感じ取れる」ようになれば、入賞馬を特定することは、それほど難しくない。出走馬は、パドックと本馬場の両方で「競馬」をしていることを御存知だろうか。「新聞」の「馬柱」や「予想欄」に目をやるエネルギーを、そのままパドックの方に移してみることをお勧めしたい。なぜなら、すでにそのレースはパドックで始まっているのだから。
 馬は馬でしかない、見ただけで「勝馬」がわかるものか、という御仁には、こう申し上げたい。
「もう競馬場に行くのはおやめなさい。三番人気までの馬を買い続ければ、大損はしないでしょう。そのかわり、買った馬が来なかったからといって、『チックショー』などと八つ当たりはしないように。いい年をして、見苦しいだけです」
 パドックの馬の「気配」は、千差万別である。その「違い」を感じ取れるかどうか。
 まず、目を見よう。ギラギラと光っているか。怒りの気持ちで血走っているか。
次に、手綱を見よう。ぐいぐいと厩務員を力強く引っ張っているか。
さらに、歩き方を見よう。全身を使って、きびきびと、しかも踊るように歩いているか。後ろ足の踏み込みは十分か。                                                     しかし、大切なことは、パドック全体の「気配」を感じ取ることである。馬は一頭だけで走るのではない。そのレースに出場する「馬同士」の関係が、すべてを決定するのだ。「強い馬」が勝つのではない。「勝つ馬」が強いのである。
 勝つ馬は、パドックの外側を歩く。
勝つ馬は、前の馬に追いつき、追い越そうとする。
勝つ馬は、「小走り」になる。
 いずれにせよ、馬は「馬同士」の関係において、すでに「勝敗」を決めているということを銘記する必要があるだろう。どの馬が勝ったところで、獲得賞金で贅沢できるわけではないのだから。得をするのは「人間」だ。
 馬は自分だけで走るのではない。騎手という「人間」のパートナーが登場する。そのパートナーのために、「全力で」走ろうという気分になれるかどうか。そこで見逃してならないのは、「人間」が騎乗する直前・直後の「気配」である。騎手との「出会い」によって、馬の様子はどのように「変化」するだろうか。
前足を掻く馬は、意欲十分である。
本馬場に向かって「小走り」になる馬は、意欲十分である。
 このような観点で、パドックの気配を感じ取ろうとしたとき、当然「目立つ馬」が見つかるだろう。しかし、その馬が「勝つ」とは限らない。
 大切なことは、パドックを「傍観」することではなく、自分がパドックの「気配」を形成することである。傍観者の中には、騎手に向かって「○○! 負けたら承知せえへんぞ!」などと怒鳴っている輩がいるが、その言葉が馬にどう響いているか、御存知あるまい。騎手の不快感が馬に伝わり、「負けること」は火を見るより明らかだ。
 自分がパドックの「気配」を形成するためには、騎手ではなく「馬との対話」を図ることが肝要である。馬は言葉を話せない。しかし、体全体を使って話していることを御存知か。その話しかけに応えることができるかどうか、にすべてがかかっているのだ。
 「お静かに」というプラカードを掲げて警備員が見守っているのは何のためか。馬は、パドックの「人間」を見ているのである。パドックの「人間」と、「静かな対話」を試みているのである。
 正に「阿吽の呼吸」が感じられた馬を見逃すな。その馬こそが、「勝つ」からである。より確実な結果に結びつけるためには、本馬場での「返し馬」を眺め、スタート地点まで出向いて、こちらの「気配」を馬に伝えなけばならないことは言うまでもない。ただし、競馬に「絶対」はない。たとえ不本意な結果に終わったとしても、私は満足である。馬と人間の絆は、卑俗な「獲得賞金」などではさらさらなく、一期一会の「はかない夢」に過ぎないのだから。      
                                                 (2006.9.10)

 今日の9レース「寒竹賞」では、④、⑫、⑭の馬が目立ったが、結果は、⑪、④、②、「中山金杯」では、⑥、⑧、⑮の馬が目立ったが、結果は⑬、⑮、③が入賞した。的中の確率は33%であり、私は満足である。(「複勝」以外は配当金がないので、投資金の回収率は0%という結果に終わっが・・・) ただし、一つ見落としてはいけない「からくり」がある。競馬ファンが購入する「勝馬投票券」(馬券)では3着まで配当金が支払われるが、騎手・馬主など「関係者」には、5着まで「獲得賞金」が支払われる、という「からくり」である。おかしくはないだろうか。金額の差はあるにしても、「関係者」は4,5着で賞金を獲得できとすれば、3着入賞にこだわる必要はない。一方、競馬ファン(馬券購入者)にとっては4,5着入賞馬の馬券など「紙くず」に過ぎない。つまり、ファンと関係者の「利害」が一致していないのである。これまで、パドックで目立った馬(私が投票した馬)が、何度4,5着に終わったか、数知れない。
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