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「裸のサル 動物学的人間像」(デズモンド・モリス・河出書房新社・1971年)

2008年11月27日(木) 曇
 大昔(1970年代)に購入した「裸のサル 動物学的人間像」(デズモンド・モリス著 日高敏隆訳・河出書房新社・1971年)という本を読み始めた。たいそう面白い。ある人から「人間はなぜ生きるのか」尋ねられ、どう答えればよいか思いあぐねていたが、とりあえず「人間とは何か」という命題に答える方が先ではないかと考え、この本のことを思い出した次第である。「なぜ生きるのか」と問いかける人間は少なくない。特に、何らかの「挫折」「頓挫」を経験した直後などは、絶望して「こんな思いまでして、どうして生きていかなければならないか」「いっそのこと、死んでしまった方がましだ」という思いに陥ることの方が多いのではないだろうか。また、ありとあらゆる生物の中で、そのようなことを「意識する」(考える)のは、人間だけのようである。その場合も「犬はなぜ生きるのか」「猫はなぜ生きるのか」といった他の種族のことについては深く考えることなく(冷淡で)、せいぜい「子孫を絶やさないため」程度の答で満足しているのではないだろうか。人間もまた生物の一種なのだから、「子孫を絶やさないために生きる」という回答でよいような気がするが、たいていの人間はそれだけでは満足しない。なぜだろうか。そこのあたりが知りたくて、つまり「人間と他の生物(動物)とはどこが違うのか」ということを、生物学的(動物学的)に明らかにすることが「先決」であると考え、この本を読み始めたわけなのだが・・・。
 ところで「裸のサル」とは、人間を「動物学的」に表現した名称である。サル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーなど「霊長類」の中で、ヒトだけ「裸」なのはなぜか、といった(生物学的)問題提起が、この本の「眼目」であろう。
 「第一章 起源」では、ヒトが、他の霊長類から「離れて」、独自の道を歩き出した(進化した)経過が、極めて「唯物的」に語られている。要するに、それまで森林の中で、虫、果実、木の実類を食べていた「霊長類」の中から、ヒトだけが草原に進出し、肉食動物の「仲間入り」をしたこと、そのことが人類の「進歩」、現代文明の「起源」である、という論述はたいへん面白かった。ヒトが肉食動物に「進化」するためには、①武器を持つこと(火、道具の使用)、②狩りをすること(オスのチームワーク)、③一箇所に定住すること(食物の貯蔵)、④活動の分業化(睡眠、移動、狩猟、食事、排泄)、④オスとメスの分業化(労働と育児)などが「不可欠」であったこと、そのことを「文化的」に(さりげなく)「聖書」で裏づけようとする「仄めかし」も感じられ、なんとも魅力的な内容であった。
 さて、肝腎な命題、「ヒトはなぜ裸なのか」、結論は「狩りをするため」「走るため」「走り続けるため」に、余計な毛皮を「脱ぎ捨てた」とのこと、なるほど、異論を挿むほどの知識、見識を私は持ち合わせていない。(つづく)。
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