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「劇団翔龍」・《極め付き「瞼の母」の名舞台》

2008年11月13日(木)晴                                                                 午後1時30分から、小岩湯宴ランドで大衆演劇観劇。「劇団翔龍」(座長・春川ふじお)芝居の外題は「瞼の母」。この舞台は、「演劇グラフ」(2008.6)で詳しく紹介されている。それによると、配役は〈番場の忠太郎(春川ふじお)、水熊のおはま、半次郎の母おむら二役(中村英次郎)、素盲の金五朗(大月瑠也)、水熊の娘・お登世、半次郎の妹・おぬい二役(澤村うさぎ)、金町の半次郎、洗い方・藤八二役(藤美匠)、宮の七五朗(翔あきら)、板前・善三郎(大月聖也)、夜鷹・おとら(秋川美保)〉。筋書は〈笹川繁蔵親分の仇を討つために、飯岡助五郎親分を襲った忠太郎と半次郎だったが、半次郎がけがを負ってしまい逆に二人は追われる身に・・・。半次郎を実家まで運んだ忠太郎は、飯岡一家からの追っ手を斬る。半次郎の母の優しさに触れた忠太郎は、半次郎と兄弟分の盃を水にして、生き別れた母を捜す旅に出るのだった。忠太郎は、水熊屋の前で出会った夜鷹のおとらから、水熊屋の女主人・おはまの話を聞き、店を訪ねる。忠太郎は、おはまに自分の境遇を話し、自分の実の母ではないかと問うが、おはまは知らぬと言うばかり。あげくのはてに、水熊屋の身代を狙っているのでは、と忠太郎を侮辱する。忠太郎がその場を後にしようとした時、お登世が戻り忠太郎と顔を合わせる。忠太郎が去った後、自分の兄だということに気がついたお登世は、おはまを諭し忠太郎を追いかけるのだったが・・・〉ということであった。     
 この芝居には三組の「母子」と二組の「兄妹」が登場する。①番場の忠太郎と母おはま、、妹お登世、②金町の半次郎と母おむら、妹おぬい、③夜鷹おとらと亡き息子、である。
三者三様の「母子関係」が、組紐のように「もつれ合い」「絡まり合って」えもいわれぬ「人間模様」を描出するところに、芝居の「眼目」があると思われるが、その景色、その風情を、「劇団翔龍」は見事に具現化したのである。まさに、大衆演劇屈指の「名舞台」、と言っても過言ではないだろう。
 主人公・番場の忠太郎は、五歳の時に生き別れになった母・おはまに、どうしても逢いたい。その気持ちは、弟分・金町の半次郎の母、妹の様子を見聞してから、いっそう高まった。自分の母もあのように「優しい」だろう、もし、妹がいたのなら、あのように自分を慕ってくれるだろう。つまり②の関係、が①の「モデル」であるはずだったが・・・。さらに、忠太郎は③の関係にも「思い」馳せる。亡き息子の気持ちになって夜鷹おとらを「人間扱い」、心の底から元気づける。忠太郎は「優しい」、でも「どこか頼りない」、そして「甘ったれ」、言い換えれば「根っからの悪ではない」「母性本能をくすぐる」といった風情を、座長・春川ふじおは「自家薬籠中」の「至芸」として演じきった、と私は思う。加えて、脇役陣も光り輝いていた。筆頭は、おむら・おはまの二役を演じた後見・中村英次郎、百姓婆姿の(大地のような)「優しさ」、江戸一番の料理屋を取り仕切る女将の「艶やかさ」を見事に演じ分け、忠太郎との「絡み」では、その所作、表情、口跡で「もう、立派に親子名乗りをしているのではないか」という風情を醸し出す。応えて、忠太郎もまた、(母と言い出せぬおはまの気持ちを察して)「こんなヤクザにだれがしたんでぃ」と叫ぶ一瞬は、まさに「珠玉の名画」、私の脳裏から消えることはないだろう。
私は、以前、「瞼の母」について以下の雑文を綴った。〈二葉百合子の歌謡浪曲「瞼の母」「一本刀土俵入り」と、島津亜弥の歌謡劇場「瞼の母」「一本刀土俵入り」のCDを購入、双方を聴き比べた。規準になるのは、いうまでもなく、在りし日の「新国劇」、辰巳柳太郎・島田正吾、初瀬乙羽、香川桂子、外崎恵美子らの舞台であるが、やはり「貫禄」が違う。昨今の大衆演劇界では、安直に島津亜弥を多用しているが、さもありなん、二葉百合子の歌謡浪曲と「対等」もしくは「超える」舞台をつくることは「至難の業」だからである。(舞踊ショーで、美空ひばりの歌唱と「対等」もしくは「超える」舞台が「至難の業」であることと同様である。「柔」「人生一路」「おまえに惚れた」などの「情感ゼロの曲、「愛燦燦」「川の流れのように」など「洋舞曲」はともかく、「花と龍」「哀愁出船」「港町十三番地」「越後獅子の唄」などの風情・景色を描出できる役者は少ない)「瞼の母といえば、「軒下三寸借り受けまして、申し上げます、おっ母さん・・・」という「あの唄」がすぐに連想され、その原型は二葉百合子の歌謡浪曲にあると思い込んでいたのだが、それは大間違い、二葉には「瞼、瞼とじれば、会えてたものを、せめてひと目と 故郷を捨てた。あすはいずこへ、飛ぶのやら。月の峠で アア おっ母さん。泣くは番場の忠太郎」という珠玉の名曲があったのだ。「あの唄」は、杉良太郎、中村美津子、島津亜弥など「並の歌手」なら誰でも唄える代物でしかないことを発見した次第である。なるほど、二葉の「名曲」を唄いこなすことも「至難の業」であろう〉
 さて、今回の舞台音楽(BGM)は、杉良太郎の「瞼の母」であったが、舞台の出来栄え、役者の実力からいって、杉良太郎では「力不足」(役不足の反対)、今こそ、二葉百合子の登場が不可欠ではないだろうか。ちなみに、終幕場面、杉良太郎の歌唱(作詞・坂口ふみ緒)は「逢わなきゃよかった 泣かずにすんだ これが浮世と いうものか 水熊横町は 遠灯り 縞の合羽に 縞の合羽に 雪が散る おっ母さん」である。一方、二葉百合子の歌唱(脚色・室町京之介)は、「一人 一人ぼっちと 泣いたりするか、俺にゃいるんだ 瞼の母が。孝行息子で 手を引いて お連れしますぜ アア おっ母さん 旅の鴉で あの世まで」であった。どちらが好きか、どちらを選ぶかは自由だが、座長・春川ふじおの「実力」からすれば、後者の「心象風景」を描出することは十分可能」だと、私は見た。
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