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大歌舞伎「御所五郎蔵」・「身替座禅」

2008年1月25日(金)晴
 午後10時30分から、NHK教育テレビ「芸術劇場」(大歌舞伎・「御所五郎蔵」「身替座禅」)視聴。「御所五郎蔵」の配役は、五郎蔵・仁左衛門、星影土右衛門・左団次、傾城皐月・福助、甲屋与五郎・菊五郎他、この芝居のキーパーソンは、傾城皐月であり、見せ場は、その五郎蔵に対する「あいそづかし」(実は見せかけ)の場面だと思われるが、福助の「力量不足」で、その雰囲気を醸し出すことができない。福助は、児太郎時代、若手女形として多くの可能性を秘めていた。しかし大御所・中村歌右衛門の薫陶を受け(させられ)、その芸風を踏襲する(せざるを得ない)立場になってから、本来の「初々しさ」「茶目っ気」、「コミカルな」表情・所作が影を潜め、歌右衛門流の「型」にはまってしまったように感じる。目をつぶって口跡だけを聞いていると、「まさに歌右衛門」そのものなのだ。私の独断と偏見、邪推によれば、歌右衛門は、女形の「伝統」「品格」を最も大切にした役者であり、「大衆受け」する阪東玉三郎的な「芸風」を「品がない」と切り捨てたのではないか。私自身、昭和20年代の舞台を見ているが、当時、女形として活躍していた歌右衛門、尾上梅幸、(時には中村時蔵)などよりも、片岡我童、澤村訥升の「艶姿」の方が印象に残っている。ただ一つ、歌右衛門の「当たり役」として、「東海道四谷怪談」の「お岩」は出色であった。特に、「髪梳きの場」以降、亡霊になった「お岩」が「伊右衛門」を苦しめる姿(所作・口跡・表情)は、何とも恐ろしく、迫真の演技であった。以来、「歌右衛門といえばお岩」という連想がこびりついてしまい、どんなに華やかな舞台であっても、歌右衛門の姿を見るたびに「お岩の亡霊」を感じてしまうのである。
 福助が歌右衛門を目指すことに異論はない。それが大歌舞伎の「伝統」というものであろう。ただ、歌右衛門の芸風に盲従すればするほど、「大衆」から離れた世界に落ち込んでしまうのではないか、と私は思う。 
 「身替座禅」の配役は、山陰右京・団十郎、太郎冠者・染五郎、奥方玉の井・左団次。奥方をだまし、愛人のところへ駆けつけるまでの団十郎は「まあまあ」だったが、遊興から帰宅した後の所作(舞踊)が、いかにも「退屈」である。それが現・団十郎の実力であり、仕方がないとはいえ、奥方・左団次の所作が秀逸なだけに、残念である。日頃は「立ち役」の左団次が、奥方玉の井を演じるのは余興。重厚であり、かつ涼しげな風情を感じさせる「上品」な姿であったが、一転して悋気に狂った表情は「立ち役」そのもの、そうではなく、鬼気迫る「般若」(女性)の気配が欲しかった。
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