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福岡小1殺害・父の思い

2008年10月20日(月) 晴
 10月19日付け朝日新聞(3時0分配信・http://www.asahi.com/)に、〈「妻追い込んだ 私も加害者だ」 福岡小1殺害、父語る〉という記事が載った。内容は、朝日新聞の取材に対して、被害者(小1男児)の父が「私も加害者だ、妻(容疑者)に誤りたい」と「断腸の思い」を語った、というものである。要するに、夫として、また父として「何もしてやれず」「妻子を追い込んでしまった」責任を、吐露したということであろう。そのことに全く異論はないが、朝日新聞は、そうした父親の「断腸の思い」を報道することによって、何を訴えたかったのだろうか。つまり、被害者の父であり容疑者の夫でもある「人物」に取材した目的(意図・理由)は何か。ただ単に、「記事が売れればよい」ということだったのか、それとも、父親の「断腸の思い」を報道することが、「問題の解決」につながるとでも考えたのだろうか。
 もし父親が、「何もしてやれず」「妻子を追い込んでしまった」ことによって「私も加害者だ」と言うのなら、小1男児を「ADHD児」だと診断した専門家(おそらく精神科医)、特別支援教育の担当者(学級担任、校長)もまた、「何もしてやれず」「母子を追い込んでしまった」という点では変わりなく、彼らもまた「加害者」ということになるだろう。それ以上に、そうした家庭(家族)を「特別」な存在として、「冷たい視線」(白い眼)を注ぎ続ける「世間」(その構成員である、私たち一人一人)、もしくは、面倒なことにはかかわりたくないと「無視」し続ける「傍観者」(その構成員である、私たち一人一人)、さらには、「他人の不幸は蜜の味」とばっかりに、「事件だ事件だ!」と騒ぎ立てるだけの「野次馬たち」(その構成員である、私たち一人一人)もまた、「加害者」であることは間違いなく、むしろ、私たちの「罪」の方が重いのではないか。朝日新聞の取材が、それらの「加害者たち(私たち・自分たち)」を告発する目的(意図)で行われたのかどうか・・・。父親の「断腸の思い」を、どこまで「共感」できるかどうか、そのことが、今、私たち一人一人に問われているのだと思う。
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