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「老醜」のはじまり

2008年10月15日(水) 晴
 「老醜」とは、〈年をとって容貌などがみにくくなること〉(「スーパー大辞林」)という意味だが、「容貌など」の「など」には、どのようなものが含まれるのだろうか。すぐに思い当たるのは「におい」「音」(つまり声)「しぐさ」などであろう。私自身、「年をとった」ことを自覚(実感)できるのは、「声の変化」である。壮年期の「張り」「潤い」がなくなり、声量の減少、「かすれ声・嗄声化」が著しい。この現象は、いかんともしがたく、現状を受け容れる他はない。老人特有の「におい」「しぐさ」については、未だ無自覚、定めし周囲の人々を辟易とさせているに違いない。この駄文を綴る「クセ」も、早く「治さなければならない」と、思うのだが・・・。
 さらにもう一つ、若い頃には気にならなかったのに、最近、とみに「気障り」になることは、「人の気配」である。道を歩けば他人がぶつかる、電車に乗れば人が近づいてくる、遠くでも(老若男女を問わず発している)「姦しい話し声」、自宅の部屋にいても、テレビ・ラジオから聞こえてくる馬鹿騒ぎ(嬌声)、街頭を売り歩くスピーカーの宣伝、通行人の「会話」等々。それら「人の気配」を見聞するたびに、「無性に腹立たしい」。人間は「社会的動物」であり、一人では生きていけないことを「百も承知」でいながら、その「感情」をどうすることもできない。つまり「自己中心」「わがまま」「頑固」といった、「心の醜さ」が出始めていることはたしかである。前述した「容貌など」の、「など」の大部分は、すぐには見えない「心の衰え」で占められているのかもしれない。特に、私の場合は、「間違いなく」「その通り」である。
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