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東京デズニーランドの問題点、そして私も・・・。

2008年10月14日(火) 曇のち雨
 孫の小学校は二期制のため、明日まで秋休み、その関係で「東京デズニーランド」に付き合わされた。これまで数回来訪したが、今日は超満員。まず荷物検査で行列、次に入場券の購入で行列、アトラクションで行列、食べ物・飲み物で行列、トイレで行列・・・。何のことはない「行列」をしにきたようなものだ。天気予報通り、正午過ぎから雨が降り出し、1時間程度、土砂降りとなったが、超満員の客は帰ろうとしない。さもありなん、入場料が「べらぼうに」高い(1日5,800円)からである。支払った分は「楽しまなければ損」といった風体で、お仕着せのレインコートまで購入、むずかる子どもをだましだまし、右往左往している姿は、まさに「漫画」であった。それにしても、高額な入場料を徴収しているわりには、経営者の能がない。行列の最後尾で、「このアトラクションは、170分待ちです」などと「得意げに」「おらんでいる」従業員の態度は、まさに「慇懃無礼」、待ち時間短縮のために、何の工夫もできずにいる自分たちを情けないと思わないのだろうか。今どき、病院だって、このような「待たせ方」はしないだろう。客が行列をすればするほど、その商品には価値がある、というような「錯覚」「思い上がり」が蔓延しているように感じる。商品(サービス)のわりには「法外」な値段で、それに満足している客そのもの「愚かさ」「軽薄さ」も見逃せないが、私もまた愚者の一人、待ち時間の「長い」のをよいことに、新書1冊を読み終えた。そのタイトルこそ軽薄の極み、「予想力ゼロでも勝つ 競馬投資入門」(福島毅・ベスト新書・2008年)という代物である。プロローグ(目次)にあった「予想するからあなたは負ける」という文言に惹かれて読み始めたが、要点(結論)は、「儲かる馬券投資システムを開発せよ」ということ、具体例として、騎手と厩舎、馬場やレースの種類に注目し、「これ」というねらいを定めたら、「勝つまで買い続ける」(投資する)ということである。筆者自身は、例えば「騎手・安藤、厩舎・松田、3~5番人気、京都開催」という条件に注目しているとのこと、そのような投資条件が「いくつも」紹介されていた。ではいったい、その「いくつも」の中から「どれ」を選べばよいというのだろうか。「たぶん、この条件がよいのではないか」と選択するのも「予想」に他ならないとすれば、予想力ゼロでは勝てないのではないだろうか。いずれにせよ、「過去のデータをもとに勝ち負けを予想している」ことには変わりなく、私自身の「馬券術」とは無縁のものであった。ちなみに、私の「馬券術」(「パドックの気配」)は以下の通りである。                                           〈競馬のすべては、パドックの「気配」にある。多くの専門家が、過去の記録をもとに「順当」「波乱含み」「難解」などと予想をたてているが、私は信用しない。大切なことは、過去ではなく「現在の状態をもとに未来を予測すること」である。 
 パドックの「気配」を「感じ取れる」ようになれば、入賞馬を特定することは、それほど難しくない。出走馬は、パドックと本馬場の両方で「競馬」をしていることを御存知だろうか。「新聞」の「馬柱」や「予想欄」に目をやるエネルギーを、そのままパドックの方に移してみることをお勧めしたい。なぜなら、すでにそのレースはパドックで始まっているのだから。
 馬は馬でしかない、見ただけで「勝馬」がわかるものか、という御仁には、こう申し上げたい。
「もう競馬場に行くのはおやめなさい。三番人気までの馬を買い続ければ、大損はしないでしょう。そのかわり、買った馬が来なかったからといって、『チックショー』などと八つ当たりはしないように。いい年をして、見苦しいだけです」
 パドックの馬の「気配」は、千差万別である。その「違い」を感じ取れるかどうか。
 まず、目を見よう。ギラギラと光っているか。怒りの気持ちで血走っているか。
次に、手綱を見よう。ぐいぐいと厩務員を力強く引っ張っているか。
さらに、歩き方を見よう。全身を使って、きびきびと、しかも踊るように歩いているか。後ろ足の踏み込みは十分か。                          しかし、大切なことは、パドック全体の「気配」を感じ取ることである。馬は一頭だけで走るのではない。そのレースに出場する「馬同士」の関係が、すべてを決定するのだ。「強い馬」が勝つのではない。「勝つ馬」が強いのである。
 勝つ馬は、パドックの外側を歩く。
勝つ馬は、前の馬に追いつき、追い越そうとする。
勝つ馬は、「小走り」になる。
 いずれにせよ、馬は「馬同士」の関係において、すでに「勝敗」を決めているということを銘記する必要があるだろう。どの馬が勝ったところで、獲得賞金で贅沢できるわけではないのだから。得をするのは「人間」だ。
 馬は自分だけで走るのではない。騎手という「人間」のパートナーが登場する。そのパートナーのために、「全力で」走ろうという気分になれるかどうか。そこで見逃してならないのは、「人間」が騎乗する直前・直後の「気配」である。騎手との「出会い」によって、馬の様子はどのように「変化」するだろうか。
前足を掻く馬は、意欲十分である。
本馬場に向かって「小走り」になる馬は、意欲十分である。
 このような観点で、パドックの気配を感じ取ろうとしたとき、当然「目立つ馬」が見つかるだろう。しかし、その馬が「勝つ」とは限らない。
 大切なことは、パドックを「傍観」することではなく、自分がパドックの「気配」を形成することである。傍観者の中には、騎手に向かって「○○! 負けたら承知せえへんぞ!」などと怒鳴っている輩がいるが、その言葉が馬にどう響いているか、御存知あるまい。騎手の不快感が馬に伝わり、「負けること」は火を見るより明らかだ。
 自分がパドックの「気配」を形成するためには、騎手ではなく「馬との対話」を図ることが肝要である。馬は言葉を話せない。しかし、体全体を使って話していることを御存知か。その話しかけに応えることができるかどうか、にすべてがかかっているのだ。
 「お静かに」というプラカードを掲げて警備員が見守っているのは何のためか。馬は、パドックの「人間」を見ているのである。パドックの「人間」と、「静かな対話」を試みているのである。
 正に「阿吽の呼吸」が感じられた馬を見逃すな。その馬こそが、「勝つ」からである。より確実な結果に結びつけるためには、本馬場での「返し馬」を眺め、スタート地点まで出向いて、こちらの「気配」を馬に伝えなけばならないことは言うまでもない。ただし、競馬に「絶対」はない。たとえ不本意な結果に終わったとしても、私は満足である。馬と人間の絆は、卑俗な「獲得賞金」などではさらさらなく、一期一会の「はかない夢」に過ぎないのだから。〉
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