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「三浦元社長」はなぜ自殺したか

2008年10月12日(日) 晴
東京新聞10月12日付け朝刊は1面トップで「三浦元社長が自殺」という記事を載せている。〈【ニューヨーク=阿部伸哉】1981年の米ロサンゼルス銃撃事件にからみ、殺人の共謀容疑で拘置先のサイパンからロスに移送された三浦和義・元会社社長(61)=日本では無罪確定=が10日午後10時(日本時間午後2時)ごろ、ロス市警本部の留置場で自殺を図り、搬送先の病院で死亡が確認された。(略)元社長の死亡で、うわさされた「新証拠」も含め、今回の逮捕に至った根拠などはしめされないことになった〉と述べられている。発端は、今から27年前の事件だが、〈警視庁は85年9月殴打事件の殺人未遂容疑で、88年10月には銃撃事件の殺人容疑で元社長らを逮捕。元社長は殴打事件で98年、実刑が確定し服役。銃撃事件では一審は無期懲役だったが、逆転無罪とした二審判決が2003年、最高裁で確定した〉という解説記事にもあるように、日本で「無罪」が確定したのは、わずか5年前のことである。しかも、(私の独断と偏見によれば)、①妻・一美さんの保険金1億6千万円を受け取っていること、②殴打事件(殺人未遂)の有罪が確定し、本人も服役していること、などから銃撃事件の「無罪確定」によって、三浦元社長が「青天白日の身」になったとは、言い難い面があったのではないか。まさに「疑わしきは罰せず」(具体的な物的証拠がない)という、司法の常識を逆手にとった裁判戦術に、最高裁が屈した感があった。それから5年、ロス市警は殺人と共謀容疑で元社長をサイパンで逮捕、身柄をロサンゼルスに移送、その直後の「自殺」であった。「自殺」は「自裁」「自決」ともいう。つまり、(再び、私の独断と偏見によれば)三浦元社長は、自分で自分に「裁決」を下したのではないだろうか。サイパンからロサンゼルスへ移送中の様子が報道されたが、その表情といい、装束といい「この世の風情」とは思えなかった。分不相応な野球帽には「お幸せに さようなら」というメッセージが記されてあったそうだ。だとすれば、覚悟の自殺。日本での「無罪判決」を自分から「かなぐり捨て」、「私も共謀しました」と自白したことに等しい。それが「三浦元社長 自殺」の理由ではないだろうか。
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