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「福岡小1殺害」報道の《不可解さ》

2008年9月20日(土) 晴
 東京新聞9月19日付け朝刊(29面)に、「公園で小1殺される」という記事が載った。被害者は福岡市の小学校1年で「冨石弘輝(こうき君)とフルネームで報道されている。母親と公園に遊びに来ていたが、母親がトイレに入った2~3分の間に行方不明になり、およそ30分後、そのトイレの外壁で発見された、という。記事によれば「病院に運ばれたが死亡が確認され、首に絞められたようなあとがあったので福岡県警は殺人事件として捜査を始めた」とある。①被害者は乳幼児ではない、②人目の多い公園の中(母親と一緒に捜索した人がいる)、③午後4時頃とはいえ、まだ周囲は明るい、といった状況の中で、まるで「神隠し」にあったような「不可解きわまる」事件だが、もう一つ、その「報道内容」にも、「不可解きわまる」一件がある。当該記事中、フルネームで報道されているのは、前述した被害者、被害者が通う小学校の校長、被害者の遊び友だち(小2・男児)とその母親である。なぜか、被害者の近親である母親の名前は明示されていない。言い換えれば匿名である。さらに保護者である父親は全く登場しない。なぜだろうか。事件は進行中であり、「犯人が記事を読む」ことを前提としているために、すべての情報を公開しない事情はわかるとしても、読者の立場からすれば「(両親を匿名にして報道する裏には)何かある?」といった「ゲスの勘ぐり」がはたらいてしまうのも事実である。東京新聞は、9月19日付夕刊(11面)で母親の年齢、9月20日付け朝刊(27面)で、両親の名前、父親の年齢を「公表」したが、どのような事情、経緯から、そのような報道手順をとったのであろうか。事件の「不可解さ」を増幅するような、報道の「不可解さ」が、日本社会の「混迷」「不透明性」に拍車をかけていることは確かなようである。
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