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「雁」(森鴎外)

2008年1月20日(日)晴のち曇
森鴎外の小説「雁」(大正2年・「日本文学全集5・新潮社」)読了。主なる登場人物は、物語の語り手である「僕」、その学友・岡田、石原、無縁坂に囲われている美女・お玉とその父、お玉の旦那・高利貸しの末造とその妻、以上7人である。物語の舞台は、東京・本郷周辺(湯島・上野不忍池・無縁坂)、時代は明治13年の出来事ということになっている。では、その出来事とは何か。大した出来事ではない。不忍池に群れていた雁の一羽が殺されたのである。殺したのは「僕」の学友・岡田、それも故意ではなく偶然の結果である。その日、下宿屋の夕食が「鯖の味噌煮」であることを知った「僕」は、それが「身の毛の弥立つほど厭な菜」と感じていたので、岡田を誘って散歩に出る。二人が不忍池まで来たとき、「岸の上に立って何かを見ている学生らしい青年」・(顔見知りの)石原に出会う。「こんな所に立って何を見ているのだ」と「僕が問う」と、「石原は黙って」「十羽ばかりの雁が緩やかに往来している」様子を指差した。そして「あれまで石が届くか」と岡田に言う。岡田は「届くことは届くが、中るか中らぬかが疑問だ」と答えると、石原は「遣って見給え」と言う。「岡田は躊躇した。『あれはもう寝るのだろう。石を投げつけるのは可哀想だ』石原は笑った。『そう物の哀れを知りすぎては困るなあ。君が投げんと云うなら、僕が投げる』岡田は不精らしく石を拾った。『そんなら僕が逃がして遣る』つぶてはひゆうと云う微かな響きをさせて飛んだ。僕がその行方をぢっと見ていると、一羽の雁が擡げていた頸をぐたりと垂れた。それと同時に二三羽の雁が鳴きつつ羽たたきをして、水面を滑って散った。しかし飛び起ちはしなかった。頸を垂れた雁は動かずにもとの所にいる。『中った』と、石原が云った」。
明治13年の出来事とは、以上のとおりである。いわば、若者が悪戯半分でやった遊びに過ぎない。しかも、岡田が「逃がしてやる」と善意で投げた石が、運悪く一羽の雁に命中してしまったのだ。その後、哀れな雁は「僕」、岡田、石原たちが催す酒宴の肴になってしまうという、後味の悪い物語である。
 ではいったい、この小説が文豪・森鴎外の作品として古典化しているのはなぜか。その背景に、「僕」が羨ましいと感じているほどの才子・岡田と、無縁坂の美しい囲われもの・お玉との「淡い」交情が秘められているからである。岡田とお玉の交情は、顔を合わせた時、互いに挨拶を交わすほどの「かかわり」に過ぎないが、「僕」は感じている。秘かにお玉が岡田を恋慕していることを・・・。また、お玉の旦那・末造の女房も感じている。亭主が秘かにお玉を囲っていることを・・・。しかし、日常は淡々と過ぎていくだけで、何事も起こらない。「出来事」といえば、一羽の雁が運悪く殺されたということだけである。その翌日、岡田は縁あってドイツ留学に旅立ち、お玉との交情は断絶する。おそらく、「僕」自身は、哀れな雁とお玉の運命を「二重写し」に見ているのだろう。いや、他ならぬ「僕」自身が秘かにお玉を恋慕していたのかも知れない。それかあらぬか、この物語は以下の文節で終わっている。「一本の釘から大事件が生ずるように、鯖の味噌煮が上条(注・下宿屋)の夕食の膳に上ったために、岡田とお玉とは永遠に相見ることを得ずにしてしまった。そればかりでは無い。しかしそれ以上の事は雁と云う物語の範囲外にある。僕は今この物語を書いてしまって、指を折って数えてみると、もうその時から三十五年を経過している。物語の一半は、親しく岡田に交っていて見たのだが、他の一半は岡田が去った後に、図らずもお玉と相識になって聞いたのである。例えば実体鏡の下にある左右二枚の図を、一の映像として視るように、前に見たことと後に聞いた事とを、照らし合わせて作ったのがこの物語である。読者は僕に問うかも知れない。『お玉とはどうして相識になって、どんな場合にそれを聞いたか』と問うかも知れない。しかし、これに対する答も、前に云った通り、物語の範囲外にある。只僕にお玉の情人になる要約の備わっていぬことは論をまたぬから、読者は無用の憶測をせぬがよい」
 読者にとって、何とも思わせぶりな結末ではあった。
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(2008/02)
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